2001/09/15(土)〜16(日) 2001年粟島横断シーカヤック

9/15(土) 粟島着

10:30粟島港より遥か南に近づきました。北上する海流よりも、今日は北から南に吹く風の方が強かったようです 実は島影で通信が途絶え10:30の定時連絡が取れない状態でした。サポート部隊の心配をよそに、島の周辺だと真剣さが薄れてきて余裕をかました写真が目立ち始めます。
内浦海水浴場で一旦集結して。11:02定時連絡がサポート部隊に入りました「11:30入港の普通船をやりすごしてから、粟島港に入港します」 11:52横断隊が粟島港に入港
入港を確認と同時に紅白幕を取り出し歓迎です シーカヤックから見た紅白幕(撮影by原くん) 11:59横断隊一同で記念撮影。ヤッタネ!お疲れさまでした。

曽家さんが語る「粟島横断日記」

AM6時半。全員のカヤックに安全祈願のお神酒をかけ、粟島へ全員で一礼した後、この航海が始まった。漕ぎ始めて 30分経過後、少しずつ状況が変わってきた。少しうねりと北東の風が出てくる。そして1時間経過後、風とうねり は治まるどころかさっきより強まってくる。沿岸沿いをパドリングしてる際にも感じた事がある程度の風とう ねりではあったが、今、向かってるのは外洋。。。どぉ〜考えても、この先で波・風が弱くなっていくはずがない。

そして、その予想は的中する・・・その後、僕と原くんのラダー無しカヤックは潮流で向かってる左方向とは逆の 右方向にカヤックが流され始める。オマケに今度はうねりが横波に変わっていく。カヤックにとっては1番嫌な波である。たまにカヤックが波のブレイクポイントとかち合う。一瞬ヒヤッてする瞬間である。。。出発2時間後、ラダー無しカヤックとラダー付きカヤックの船団が離れ離れになる事がしばしば発生する。何度となくパドルで軌道修正はするのだが、横波の中での軌道修正は波を選んででの作業の為、なかなか思う方向にカヤックが進ま ない。。。何度も軌道修正を強いられる。そして、とうとう船団がばらけ始める事態が発生し始めた。しかし、状況が悪い時ほど5艇の船団を保持しておく必要がある。何度か声をかけ、5艇の船団を保つ機会をつくる。そんな横波 と潮流との戦いが約1時間半続く。そして、出発3時間後、今度はウワサに聞いてた現象に全員が阻まれる。。。
『漕いでも漕いでも近づかない・・・』粟島はかなり近づいてはいる。けど、さっきから漕いでるのになぜか近づかない。。。横波・風・潮流との戦いでエネルギーをかなり消費してるなかでのこの現象は、心理的疲れをもたらしてくれる。相変わらず艇も流されている。そして、そんな中、追い討ちをかける様に、この航海最後の危険な時間帯にさしかかる。
AM9時半。高速艇との最接近である。9時に岩船を出発した高速艇が最も船団に近づく時間が迫ってきた。何度となく後ろを降り返る。しかし横波の中での後方確認は、”沈”をもたらす最大の技(?)でもある。そして、高速艇を発見!しかし、出発前のお神酒が効いたのかぁ?それとも一礼が効いたのかぁ?当初予定してた通り、高速艇は我が船団とは離れた航路をとって、粟島の港に向かって行く。最悪の海難事故を免れた瞬間である。

そして、高速艇をやり過ごした後、船団のラストスパートが始まる!後は島に向かって一直線である。今度はドンド ン粟島が近づいてくる。AM10時。粟島がイッキに近づく!!しかしここで最後試練が船団に待ちうけていたぁ。。。

体力を消耗してたせいでもあっただろう。ゴールを目の前にした安堵感のせいもあっただろう。船団一同、最後の向かい風に苦戦する。。。僕もあまりの風の為、久しぶりにパドルをアンフェザーからフェザーに切り替える。そして、AM10時半。5人のカヤッカー全員無事で粟島横断達成である!(^-^)なにはともあれ、大きなトラブルもなく、全員無事であった事がなによりである。それは5人のカヤッカー全員が常に最悪の事態を想定した危機管理感を持っていてくれたおかげだったと思う。もし1人でも事故に遭遇していたらぁ・・・よって、全員笑顔で迎えられた完漕祝賀会で飲んだ、〆張りが、僕の五臓六腑をしみわたったのは言うまでもない。

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