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片貝新聞が伝える
        「五十嵐 藤雄」
 (1995.9 月刊片貝新聞記事 抜粋) 
集配特定郵便局の片貝郵便局、五十嵐 藤雄局長は、平成元年に同局長として赴任してから早十年が経過しようとしている。
 傍らの人は”決断と行動力の人”と称す。着任早々片貝まつりに目をつけた。こんなに町民パワーが集結して、町外からドッと人出が繰り出す素晴らしいまつりを、もっと片貝町の活性化のために有効利用すべき。真の活性化とは経済性が伴ってしかるべき――これが五十嵐局長の持論である。
 おまつり善治こと、故本田善治さんとこのことで波長がピッタリと合う。そしてまつり物産展示販売を年々充実させてゆく陰の力となる。この五十嵐局長の考えに賛同して組織されたのが「かたかい組」(松井均会長)で、かたかいまつり以外でも片貝町の活性化を目指して種々活動を展開している。五十嵐局長は、現在、
かたかい組の助言者的立場にある。
 赴任して数年後、局舎の移転改築の問題が浮上した。縮小及び廃止問題が絡んでいただけに、町協議会、市議等が危惧。特定郵便局だけに種々の事情から早期移転改築を目指すのであれば、個人で建てる他はなかった。大勢の町民に後押しされながら決断、東奔西走して平成元年一月に新局舎オープンにこぎつけた。やはり”決断と実行の人”の評価は間違いなさそうだ。
 これらの活動を見て、ある事業主から「片貝というところは、よい結果が出たら出たで酷評されるところだョ」と忠告されたそうであるが「そのようなことは本当にあったのか?」の質問には笑って答えなかった。
 ずっと郵政畑を歩んできたと思ったらさにあらず。小学校二年生の時両親と兄弟を相次いで亡くし、中学二年生でお寺に弟子入りしたことも。映画館全盛期にはこの音響の仕事、その後電気工事店、昭和三十年初めからテレビ修理技師となり多忙を極め体調をこわしてしまう。昭和三十四年から郵便局の仕事につき今日に至っている。
 取材をしていて”決断と実行力”は、幼少の頃の苦労と、若い頃時代の最先端の仕事を従事していたために培われたもの、と分かった。

氏   名 五十嵐 藤雄 (いがらし ふじお
性   別
生まれた所 新潟県?
住んでいる所 新潟県長岡市